表参道通信その 9 まったくもって勇気のない話

表参道通信

 今日は立春です。そうはいっても、毎年、立春をすぎた頃から強烈に寒い日が何日か来ます。
ちょうど去年の今頃も-40度以上の寒気団が上空にあって、もう本当にむちゃくちゃに寒い日が何日かありました。強烈に冷たい風に歯を食いしばりながら、書類のお預かりやら、お届けやらをして帰ってきて、一人事務所に残って仕事をしていたら、いつも聞いているJ-WAVEでは今夜もかなり冷え込むというニュース。私はこんなに寒くてはきっと死人が出るのでは、と思い、友達に
「ホッカイロを買って、新宿のホームレスの人達に配りに行こう。」と、電話を掛けました。
「えー、やだ。寒いからヤダ。明日にしたらー。」と、友達はのんきなもんです。
「寒いから、ホッカイロがいるんじゃないの!今夜の寒さを乗り越えられないかもしれないんだよ。明日じゃ間に合わないよ。」
すっかり憤慨した私は、近くのコンビニでありったけのホッカイロを買いました。それでも3000円位のものです。
「こんな、ささやかなもので人の命が救える!」私の気持は盛り上がるばかりです。
コンビニの袋をぶら下げた私は、すっかり正義に燃えているのですが、それでも新宿の西口のたくさんいるホームレスの人達の所に独りで行く勇気はなく、
「よし!渋谷駅の地下道に行こう。」と、決め、いつもの通勤電車を途中下車しました。
渋谷の地下道では、寒さをしのぐためか、みんな酔っ払いで、そのうえなんだかどう見てもホームレスの人じゃない人まで混じって宴会をしてるようなんです。地下道をホッカイロの入ったコンビニの袋を持って、しばらく行ったり来たりしていましたが、どうしてもその人達に近づいて行けません。なんだか恐いし、そして臭いのです。
やっと、一人でうずくまっている女性に「これ・・・・これ・・使って下さい。」
と、1個渡しました。その女性も、酔っているようで温泉卵のようによどんだ目で、自分の手の中のホッカイロを見て、また元のように膝を抱えてうずくまってしまいました。ほんとに使ってもらえるか、心配になりましたが、逃げるようにして帰ってきました。
次の日の朝、その女性が年下のボーイフレンドと2人で嬉しそうに、渋谷駅のごみ箱をあさっているのを見て、ほっとしました。
あの日に買ったたくさんのホッカイロは、あのままあります。見ると、とても情けない思いがするので目の付かないところに押し込んでしまいました。私は良いと思った事、するべきだと思った事も実行出来ないのです。今年は、そんなに寒くならなければいいなと思います。私には、ホッカイロさえも配る勇気がないのだということを、思い知らされたくないのです。