表参道通信
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1999.12.25
表参道通信その32 1999年 今年最後のご挨拶
今年は何時にも増して色々な事をした年でした。
2月には「お葬式のあとの辞典」という遺産相続関係の部分を私が監修し、税理士の土井先生が税金関係を監修した本が出版されました。この本はなかなか好評のようでJBOOK(http://www.jbook.co.jp/)でも購入可能です。
7月には行政書士の登録をしました。起業される方、新規事業に進出される方に今いろいろな助成金が交付されています。その申請のお手伝いが出来ればと思い、資格を持ったまま登録はしていなった行政書士の登録をしました。
10月からは大塚のインターナショナル・スクール・オブ・ビジネスで不動産登記法の講義という事で、主に不動産登記簿の見方を月に2回講義しています。実際の登記簿を教材に使い、普通の教科書にはどこにも載っていない私の司法書士としての知識と経験を生かした講義内容です。受講者の「あーそうかー。」の一言が励みになります。
女性経営者の会ドンネ・リベレ(http://www.donne.gr.jp/index.html)の毎月の会合にも出席し、パワフルで美しい女性経営者の方達と交流し、また、講演会では著名な講師の方達に直接お話を伺う事が出来ました。
12月には今話題の渋谷の「Bit Style」(http://www.bitvalley.org/)にも顔を出してみました。今、東京、渋谷界隈で学生や若い企業家がインターネット関連の会社を起こしているのが集積してきて、渋谷のビットバレーと呼ばれています。そのイベントに参加しました。入場するのに20分待ちの状態ですごい人でした。東京都の石原知事が来ていました。ビジネスの種や、ビジネスのパートナーを探す人ですごい熱気のイベントでした。こんなに元気な人達がいるんだ。と再確認した夜でした。また、インターネット関連しか今元気な人はいないなという再確認の夜でもありました。
このホームページも立ち上げて四年近く経ち、日本全国どころか海外在住の日本人の方から登記の相談をメールや電話で頂くようにもなりました。
色々な事にチャレンジした1年でしたが全ては「人との繋がり」からチャンスを与えられました。私が今までしてきた事を見ていて下さった方々が色々なチャンスを与えて下さいました。
新しい事にチャレンジするのは自分の能力の無さを思い知らせれ、億劫であったり、恐かったり、とか、なかなか大変なものですが、やわらか頭でしなやかに来年もチャレンジしていこうと思います。
変化の無いところに、進歩は無いのですから。 -
1999.09.13
表参道通信その30 商号変更登記/役員変更登記
9月1日の朝。
朝の出勤前の忙しい時間に耳に入ってきたものは、会社名を変更するというテレビコマーシャル。聞きなれたその会社名が突然テレビから流れ出し、驚いてふりかえるとやっぱりそれは、その日、うちの事務所で商号変更の登記の申請をすることになっている会社のまさにその商号変更のテレビCMでした。その会社の総務部の方と何度も打合せをしました。本店の移転やそのため仮登記や役員の変更登記等をしてきて、そして最後に商号変更でした。9月1日のその日のために類似商号の調査をしたり、商号の仮登記をしたり、そのために供託金を積んだり、万全の態勢で臨んでいました。事前の定時株主総会で9月1日の商号変更を決議しましたが、登記は効力発生後の9月1日以降でないと申請出来ません。だから、テレビCMの方が数時間先行することになりました。テレビCMの事は全然聞いていなかったのでびっくり。どんな登記でも決してミスは許されませんが、大きな会社であればあるほどそのミスの影響は計り知れません。9月1日のその日に商号の変更ができないような事態になってはならないとあらためて身の引き締まる思いがしました。
その日、無事登記の申請をしました。そして、関係緒機関へ提出するための変更後の登記簿謄本が一刻も早く必要になるので、補正日より前に登記所に行ってみました。登記は無事完了していて総務部の方の「えっ!もう終わったんですか。早いですね。」の一言が聞けました。
こういう日が来るとは、思っても、想像したこともありませんでした。お世話になった会社の社長さんが亡くなったのです。6月にその会社に伺ってお目にかかった時、随分痩せられたなと思ってはいました。しかし、歯の治療中で物が食べられないとおしゃっていたので、そのせいだと思っていました。
しかし、7月には入院され、そのまま8月に亡くなってしまいました。55歳でした。その社長に最初にお目にかかったのは私がまだ開業して間も無い頃でした。
話をしてこいつは面白いと思われたのか、何かしら気に入って頂き、そこの会社の会社の登記や不動産の登記の関係は全て任されることになりました。私の説明や提案には少しの疑問も持たずに受け入れて頂き、そうなると私の方もますますハッスルします。今思うと、そうすることによって俄然がんばってしまう人間だと見抜かれていたのだと思います。会社に伺ったおりにはいつも30分くらいお話を伺うのですが、世の中の事、経済の事、これからの先行きなどいつもいつも勉強になりました。ずっと片腕として一緒に仕事をされて来た女性は、哀しみに暮れていましたが、新社長への変更の緒手続き等、すぐにもしなければいけないことがたくさんあります。何事も手抜かり無く先を見通し、準備をすすめていた社長の遺志を継いで、会社のこれからのために葬儀の連絡やその後の役員変更等の手続きを気丈にこなしていました。
私は役員変更に必要な書類を作成して、それを鞄に入れてその会社に伺う道すがらにもかかわらず、社長によく似たスーツ姿の男性とすれ違って思わず挨拶をしてしまうところでした。「ア、もうこの世にはいらっしゃらないんだ。」とあらためて思い、また悲しくなりました。その社長の死亡による退任による変更登記に必要な書類を鞄につめて歩く日が来るとは思ってもいませんでした。
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1999.08.09
表参道通信その29 ペーパータオル
先日、いつものスポーツクラブでお風呂上がりに鏡の前で綿棒で耳の水分を取っていたら、後ろで何度も体重計に乗っているおばさまがいます。鏡に映ったそのおばさまを何気なく見ていたら、その体重計に乗るのにわざわざそのクラブにあるペーパータオルをその体重計に敷いてその上に乗ります。最近どうもそういう風に他の人と物を気軽に共用することが出来ない人が多いらしく、そのクラブでもクラブのスリッパに右に1枚、左に1枚クラブ備え付けのペーパータオルを敷いて履くのが流行です。
そのおばさまもどうせその手の人間で「スリッパにもペーパータオルを敷いているんだろうな。」と、足元を見ると何と自分専用持ち込みスリッパでした。「おみごと!」潔癖な人が増えたのでしょうか。そういうのを清潔志向というのでしょうか。サウナルームでも桶に水を持って来て自分の座るところを、まずその水で洗ってその上に座る人がいます。隣に座っている人の敷いているタオルがそれで濡れてもお構いなしです。
体重計に乗るにもペーパータオルを敷く人がいるのには驚きました。そんなに他の人の触れたものに接触するのが嫌なら自分の家で自分専用の体重計で量れば良いものを。
体重計の調子が良くないのでしょうか。そのおばさまは首をかしげかしげ、ペーパータオルを敷き、その上にバスタオルでくるんだ体を乗せ、数字を見ては納得が行かないような表情で降りながらペーパータオルをごみ箱に捨てます。また、切実な表情で体重計を眺め、ため息を付き、ホルダーからペーパータオルを引き抜いて体重計に敷き、またその上にバスタオルでくるんだ体を乗せます。そしてまだ納得がいかないようで考え込んでいます。
どうしたのかなと見ていたら、いきなり、体に巻いたバスタオルを取り始めそれを丸めて脇に置き、最後にはすっぽんぽんで体重計にのり、数字を見つめています。納得が行かないのは、体重計の方ではなく自分の体重の方だったようです。
「さすがにもうこれで納得したろう。」と思って見ていたらそれでもまだ納得がいかないようです。今度は足の下のペーパータオルをとって捨て、はかりはじめました。
いかに清潔好きで、他の人の乗った体重計に直接裸足で乗るなんてそんなこととんでもないと思っていても、ペーパータオル1枚の重さも自分の体重に加算されるのは許せなかったようです。そこまでしても、まだ今ひとつ納得がいかないようで、大きなため息を一つつき、やっとそのおばさまは体重計を離れました。
すさまじい執念でした。体重計を永久追放した私よりはよっぽど根性がありそうです。でもあのすっぽんぽんのおばさまの体型を思い出し「私はまだまだ大丈夫。」と安心してしまった私の行く末は意外に短い!?
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1999.05.24
表参道通信その28 発泡酒

発泡酒というのをご存知でしょうか。酒税法によりビールは麦芽の比率が水を除く原料の66.7%以上と定められ、その税率は1リットルあたり222円。これよりも麦芽比率が低い場合は、税率が低く、25%以上だと1リットルあたり152.7円。この税額の差に目を付け、麦芽の使用比率を低く抑えながらビールと同じような味を出して低価格で売り出したのが発泡酒です。「節税ビール」と言われる事もあります。
ビールと同じようなパッケージで、売り場も同じで、見た目も味もビールと同じようですがビールよりは安い。今はサントリーのスーパーホップス、麒麟の淡麗〈生〉、サッポロのブロイ等があります。
ビールメーカーの目の付け所が素晴らしく、応援の気持を込めて飲んでいました。しかし、大蔵省は「消費者が低価格のものをビールとみなしているなら税率に格差があるのはおかしい」と指摘し、税率の変更をする方向に動いていました。平成7年の私の暑中見舞いではそんな発泡酒を取り上げ、暑中見舞いには珍しく、多くの反響のお電話や御意見を頂きました。
そしてその後、実際に50%以上のものはビール並みの税率になり、サントリーはホップスをやむなく25%未満にして「スーパーホップス」にして売り出しました。
発泡酒発売前から、楽しみにして、なおかつ、大蔵省のやり方に憤慨していたにもかかわらず、「ホップス」を愛飲していた私は「スーパーホップス」の味にはどうしても付いていけず、発泡酒から離れていた時期もありました。
しかし、今は、麒麟淡麗です。しばらく発泡酒から離れていた私ですが、価格重視の風潮に乗って、また、我が家が酒類の消費量が多いこともあって、評判が良いらしい麒麟淡麗を恐る恐る試してみました。アサヒのスーパードライをよく飲んでいた口にはちょっとキレに欠ける気もしますが、ほとんどビールと変わりません。「たまにはビールが飲みたいネ。」と、冗談を言う事はあっても、今では我が家は麒麟淡麗です。なおかつ、ディスカウントストアーで箱買いです。
同業他社が、『おまけを付けるビール会社と、あくまでも味に拘るビール会社とどちらが良いですか』とかなんとか、痛烈批判の広告を出していましたが、集めました。発泡酒応募券1口36枚を2口。72枚。缶の側面に付いているシールを集めて送れば全員もれなくビール券がもらえるなんて、うれしいじゃないですか。わき目もふらず集めました。麒麟さんの思うつぼです。
箱買いする時に一番に気になるのが、その応募券が缶に付いているかどうかという始末で。やっと集めて、「ビール券だ!ビール4本タダでもらえる。」と浮かれている私に「そうでもないらしいよ。」とやけに冷静な夫の一言。
「ビール券といっても、缶ビール2本券、それも350ml。」
「えっ!?」
応募用紙を良く見ると、本当に缶ビール2本、それもそれも「350ml」とちゃんと書いてあります。ビール券といえば、瓶ビール2本ではないですか。それも大瓶。それ以外のビール券がこの世に存在するなど今まで知りませんでした。それともこのイベント用の特製ビール券ですか。今時、セール用の商品を仕入れてバーゲンやるような店は無くなってきているのに。
酒飲みの落胆と次に来る怒りは大きい。
ずっと麒麟淡麗と決めていたけど、他社の新製品も出ている事だしこれからは他も試してみよう。発泡酒を取り上げたHPが在りました。税率表等は下記でどうぞ。
http://www.tokeidai.co.jp/sapporotax/5/5_4_2.html
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/monosiri/ms0123.htm -
1999.04.28
表参道通信その27 東京証券取引所見学
東京証券取引所[http://www.tse.or.jp/]見学手で富士山の形を描き、その真ん中を通すようにするとそれは『富士通』、鼻をつまんで『東京ガス』、指で2、3と示し車のハンドルを運転するしぐさをしたら『日産自動車』。
先日、東京証券取引所の見学をする機会がありました。私は昨年より女性経営者の会「ドンネ・リベレ」[http://www.donne.gr.jp/index.html]のメンバーになりました。出席する事こそが企画を考えて下さっている担当者への感謝の気持の現われであるし、メンバーの最低のルールだろうと思い、毎月の講演会やその他のイベントにはできるだけ出席しているのですが、今月の企画は「東京証券取引所の見学」でした。
見学のメインはなんといっても「株券売買立会場」です。約1800㎡の広さがあり、壁一面の株価表示装置の下、青い背広の『証券会社の社員』、取引の仲介をする茶の背広の『才取会員』、取引を監視する濃紺の背広の『取引所の職員』が働いています。バブルの頃は、2000名くらいの人間でひしめいていて、歩くのもままならず、テレビでよく見たあの「手サイン」が一番早い伝達の手段として使われたそうです。証券会社の社員も体力勝負で、サインが良く見えるように、身長が高い者とか、機敏に動ける敏捷な者とか、体育会系で占めていたそうです。それが売買もコンピューターが主流になり、今は大口の150銘柄のみ立会場で売買しているそうで、立会場は閑散としており、其々のブースではただぼんやりコンピューター画面を見ているだけの様に見える人達が座っていて、ほとんど動きがありませんでした。その150銘柄も4月末には全てコンピューター売買になり、立会場は閉鎖されてしまうそうです。閉鎖される前に見ておこうという事で今回の企画になりました。
特別に、立会場の中に入れてもらえましたが、見学者用の上の窓から見るよりは、中は広く、天井も随分高く感じました。3種類の職員がそれぞれ位置についているブースも思ったより高さがあり、突然一般人が入ってすっかり注目の的で、立会場の一番底をぞろぞろと歩いている私達は反対に観察されているような感じがしました。
10年以上も前に、ロンドンのシティの証券取引所を見学した事がありましたが、たくさんの人が働いていて、閑散としている時と、人の動きがいきなり激しくなる時があって上から眺めているとアリの巣を見ているようでした。それもすでにコンピューター売買になって、世界的にも立会場は無くなってきているようです。
コンピューターの方が正確で早いとのことで、ほとんどがコンピューター化しているそうですが、「株券売買立会場」には市場経済の象徴としての意味もあるそうでこれからその象徴をどこに求めるか、東京証券取引所は空いた「立会場」の空間をこれからどのように利用するかを考えていくそうです。
立会場に替わる株券システム売買室も見学しました。その部屋にはコンピューター端末が整然と並び、その前には茶の背広を着た才取会員の方達が画面を眺めていました。全員が男性で、しかも若い方がいないのが印象的でした。コンピューター化して、体力勝負の場でなくなった上に、人数もそれほど必要が無くなって、既存の職員だけで十分で若い人を補充する必要が無いのだろうと思いました。ここにもコンピューター化の波が押し寄せ、リストラの風が吹いているようです。以前に日本銀行に不動産の立会で行った事がありましたが、ある程度の年齢以上の男性ばかりが整然と静かに仕事をしていて、銀行というよりお役所的な感じで、その時受けた印象と同じような印象を部屋に入った時に受けました。
こういう時期ですから、株の売買にはそれほどの活気はないわけですが、もしまた景気が良くなって株取引が活況を呈するようになっても、コンピューターで整然と処理されていくのでしょう。120年の歴史を持つ株券売買立会場がなくなるという事で、寂しい気持がしますが、終わるという事は何かがまた始まるという事で、証券市場の新しい歴史が始まろうとしています。