表参道通信

  • 2003.10.20

    表参道通信その46 地下鉄人生

    表参道通信

     新聞のコラムで、ある作家が【ふだんはもっぱら地下鉄に乗っていて「地下鉄人生」である。】と書いていた。地下鉄ではたいていすわって文庫本を読むそうである。じっくり読むそうである。鍵を持たずに家に帰ったら、家人は外出していて、家に入れないので、仕方なくまた電車に乗って1時間ほど先の終点まで行って戻ってきたそうである。電車の中では本を読んでいたそうだ。

    そんなコラムを読んでいる私の状態といえば、地下鉄の中で、前に立っている男性の背中と、つり革にぶら下がっている男性のわきの下の隙間でその新聞のそのコラムの部分だけをなんとか見えるようにたたんで、なんとか真っ直ぐ立っている。背中ではさっきからもそもそとなにやら間断なく動いていて、眉間にしわを寄せてギッと後ろを振り返ると女性が携帯電話にせっせとなにやら打ち込んでいて、こちらの背中の不快感はまったく気付かないよう様子。隣の女性は区の図書館のスタンプが押されたハードカバーの本を読んでいて、その角がさっきから腕に当たって痛い。

    最初は新聞を広げる隙間も無く、前に立っている男性のスポーツ新聞の「F1
    をまた日本で流行らせるにはどうしたら良いか」という内容のコラムを肩越しにふむふむと読んでいた。この筆者もバブルの頃は鈴鹿までF1を見に行っていて、最近はとんと行かなくなったということで、私も含めてそんな人も多いんだなと思ったところ。後は時間をつぶす術は無く、背中のもそもそはいつまでも続くし、持っている夕刊でも読むかと、無理やり隙間を確保して、読んだコラムには「地下鉄人生」である。

    思わず、右手人差し指が立って右、左、右。「チッチッチ、甘いな。」私の地下鉄通勤は、まず座れない。早く帰っても座れない。飲んで遅くなっても座れない。終電なんかになったら立ってもいられない。だから何か読むものでも無いとやっていられない。

    多分、人間も動物と同じでテリトリーというのがあって、ある程度の範囲に他の者が入ってくるのはストレスになると思う。それを完全に踏み越えて、前にも後ろにも横にも人。私の場合には頭の上にも人のわきの下や腕がある状態。とても平静にいられないので何か読む。読んでいる世界に没頭して回りの存在を消す。そうしないとやっていられない。

    混んでいる車内の方が何か物を読んでいる人が多いような気がする。逆方向に向かう電車はいつも空いていて、乗っている人たちは1つのシートに3人位。悠々座って何をしているかと思えば、ただ、ぼんやりしている人が多いようだ。
    周りに境界を作るために、わざわざ本やら新聞やらを読む必要は無いのだ。携帯電話でゲームを延々とやっている必要も無い。ヘッドフォンで音楽をガンガン聞く必要も無い。

    先日の車内では、珍しくやっと座れたのに隣にはヘッドフォンで大音量で音楽を聴いている大男。あれは不思議で、どんな音楽も「ザンザンザーン」みたいに聞こえる。もう少し音楽的に聞こえれば、もしかしたら一緒に楽しめたかもしれないのに、「ザンザンザーザザザン」だ。

    私の前に立っている男性も後ろから押されて斜めになって迫ってきているし、幸運にも座れたとしてもテリトリー侵害も甚だしいので、やっぱり持っている本を読むことにする。少し読んでみたが、隣のヘッドフォンからの音が本当にうるさい。耳からヘッドフォンをブチッと引き抜いて「うるせー!!」と怒鳴ってやりたい衝動にかられる。でも、待てよ。そうやって逆切れされて殺された人もいるしなーと思い直して、隣の男を観察してみる。

    その男が読んでいるのは日本経済新聞。大抵その手の男は少年マガジンを読んでいることが多いが、「日経?」これはもしかしたら、耳からヘッドフォンを引き抜いて「うるせー!!」と怒鳴っても逆切れされないかもしれない。もう一度、その男を横から眺めてみる。「まったく、外に音が漏れないヘッドフォンって出来ないものだろうか。」と思いつつ見てみる。やっぱりでかい男。腕は私の腕の3倍はありそう。ヘッドフォンをして音楽をガンガン聞きながら日経新聞を読んでいる大男って、痩せてディパックを背負って、ヘッドフォンで音楽を聴きながら少年マガジンを読んでいる典型男よりかえって屈折しているかもしれない。「逆切れ率」はこっちの方が上か?と思い直す。結局、隣のヘッドフォンから漏れてくる大騒音に文句も言わずに我慢しようという結論。しょうがない。我慢。

    こういう通勤生活こそ「地下鉄人生」と言っていいのではないだろうか。電車を待っている間はちゃんと整列して、降りる人のために真中をあけてすばやく乗り込み、周りに迷惑がかからないように気配を消し、周りの存在を消すために読書やゲームに打ち込み、周りの迷惑にはひたすら我慢。忍耐。それが毎朝、毎晩。幸福ばかりとは限らない毎日をそれでも淡々と生きていく、そんな地下鉄通勤。それこそ「人生」と付けるにふさわしい。
    万が一、家に帰って鍵がかかっていて入れなくても絶対電車に乗って時間つぶしをしようなんて考えない。忍耐と我慢の「地下鉄人生」

  • 2003.03.24

    表参道通信その45 結局は体力だ!

    表参道通信

     地下鉄千代田線大手町駅で降り、あの大手町地下通路を端から端まで全力疾走した。いやいやまだまだ走れる。大丈夫。大丈夫。重い書類バックを片手に5センチヒールで走っても息切れもしない。自分が思わずいとおしくなる。大手町ビジネスマンをすいすいとかわす。去年の秋ぐらいから週1回位でもスポーツジムで時速10キロで30分走ってきた成果が・・・これか!?と実感する。

    その日はいわゆる「借り替え」の実行日。「借り替え」とは今までA銀行からローンの借り入れをしてA銀行の抵当権の設定をされている債務者がもっと条件の良いB銀行からのローンに借り替える事です。

    お金の流れで追うと、例えば債務者のA銀行に対する返済残金がまだ1,000万円残っていた場合、B銀行は債務者に1,000万円の融資を実行します。その融資されたお金はB銀行の口座から直ちにA銀行の債務者の口座に送金されます。

    A銀行としては債務者の返済残金に足りる金額が口座に入っていないと、抹消する書類を出しません。完済にならないからです。一方、B銀行としては万一融資を実行してもA銀行の抵当権が抹消されないと後順位の抵当権になってしまうので、抹消書類が実際に出されないと融資の実行をしたくないところです。

     にらみ合いのこの膠着状態を打破するのが司法書士です。あらかじめA銀行に行って抹消書類が不備なく揃っているかを確認し、それをB銀行に伝えたり、あらかじめA銀行から抹消書類一式を事務所にFAXをしてもらってそれで確認をしてB銀行に「抹消書類は揃っていますので融資を実行しても大丈夫です。」と伝えます。B銀行は司法書士が書類を確認したことでそれを信頼し、融資を実行します。

    司法書士としては、まず新規の抵当権の設定書類をB銀行から預かります。その際に、権利証の確認や印鑑証明書の期限や所有者の住所に変更がないか、私道部分など他に担保に取るべき所の書類もあるか等、間違いなく新規の抵当権が有効に設定できる書類が揃っているか確認をします。次に、A銀行に行って、既についている抵当権を抹消する書類を預かります。

    登記手続的にはたいてい1番でついているA銀行の抵当権を抹消し、新たにB銀行の抵当権を設定します。この2件の登記は融資の実行のあったその日に同時に申請するのが原則です。A銀行の1番抵当権は抹消され、B銀行は順位1番の抵当権になります。

    その日の「借り替え」は、A銀行の抹消書類は前日事務所にFAXをしてもらって、確認をしていました。朝9時半に渋谷のB銀行に行ってB銀行の抵当権設定に不足していた書類を預かり、B銀行に融資の実行をしてもらい、A銀行の債務者の口座に送金した金額が着金した頃を見計らってA銀行に抹消書類を預かりに行き、それから管轄登記所に登記の申請に行くという、『楽勝コース』のはずでした。

    9時半に渋谷のB銀行で書類を預かった後、一度表参道の事務所に戻り、スタッフの作成した他の案件の書類のチェック等をして時間を少し潰しました。A銀行ではB銀行の振込みの控えでは抹消書類を出してくれず、A銀行の債務者の口座に着金をして完済の手続を終えた後でなければ抹消書類を出してくれません。コンピューター処理をしているはずですが、着金まで1時間や月末などは3時間位かかることもあります。

    そのくらいの時間を見越して、千代田線の表参道駅からA銀行のある大手町駅へ。途中、携帯が鳴り大手町駅に着いてから事務所に電話をしてみると、何か問題があって送金をしていない、とB銀行から電話があったということ。大手町駅のフェンスにもたれてしばらく考える。「事務所に戻った方が良いのか、A銀行に行って着金を待てば良いのか・・・・。」

    すぐ解決する問題であれば、もうこの時間には送金のめどはどの位かの連絡があるはずで、これは時間がかかるかもしれないと思い、B銀行の担当者に電話をしてみる。何度電話をしても、担当者は電話中ということで、なんだか大変なことになっていそうなので、事務所に戻ることにした。「A銀行」の表示も地下鉄の出口案内にあり、ここにまた来れば良いなと確認もしておく。

    事務所に戻って、電話を受けたり調べ物をしたりしているうちに1時になり、2時になり、2時半にはB銀行の担当者から「何時までに書類が手に入れば今日中の申請に間に合いますか。」との電話があり「大手町で3時半がリミットです。」と答える。万が一の場合を考えているという事は相当やばそう。

    3時にB銀行担当者からA銀行に送金した旨の連絡がある。でも、A銀行に着金しなければA銀行で待たされることになる。書類の最終確認をしてスタッフに渡し、3時15分に事務所を飛び出す。表参道駅まで走る。駅構内も走る。表参道駅から大手町駅までは地下鉄千代田線で15分。往復して4時には事務所を出られるはず。大手町駅に着いて、朝確認した通路を曲がる。

    「ここ、ここA銀行。」もうそこはA銀行と思っていたら、そこには・・・・大手町の広い地下通路が広がっていた。「えっ!ま、まずい」走る。とにかく走る。途中、柱の地下通路案内図をきっちりチェック。ここで勘違いをすると取り返しがつかなくなるのは経験上の知恵。あとは一目散に走る。ヒールの音が地下通路に響く。地下商店街はランチタイムも過ぎて、人があまりいなくて走りやすい。端から端まで走る。A銀行につながる階段を見つけ駆け上がる。3時を過ぎているので銀行の店舗は閉まっている。駐車場の警備の人に走りながら裏口を聞く。「行員さん?」と聞くので「そうです!」と大声で答える。こういう場合は下手に正直に説明したり、もそもそ言い始めると時間を取られるというのも経験上の知恵。『気持ちよく大声。』が鉄則。走る。ハーハー言いながら裏口受付に行く。受付の人は電話中。受付帳があったので勝手に書き込む。まだ電話が終わらない。「す、すいません、あの、急いでるんですが・・・」と電話の邪魔にならないように聞いてみる。受付の人はやっと私に気がついて電話をしながら受付帳を指で示し「書け。」という仕種をする。「もう書きました!」と見せたら入行バッジを渡してくれた。裏口からインターフォンを押し「司法書士の浅野です!」というと「はいどうぞ。」と中から鍵を開けてくれる。

    会議室やら守衛室などの前を通り、扉の外に出てみたら運良くローン課のカウンターの前だった。担当者の名前を告げ、出てきた担当者に目が合った途端、
    「着金してますか?」と聞く。「大丈夫、全部済んでます。」その声にねぎらいの気持ちがこもっていて嬉しくなる。でも、コートを脱いでいる暇もない。それでも書類のチェックは落ち着いてじっくりと。『急いでる時ほど慎重に。』が鉄則その2。椅子に座ってきっちりとチェックする。集中力。

    書類の預かり印を押すともう走る体制。「出口分りますか?」「あ、はい。でも走ってきたから・・。来た所を戻れば良いんですよね。」と言いながら走り始めている私の後をA銀行担当者も走ってついてきて、出口を案内し鍵を開けてくれる。私は出口を飛び出し、3分の1ひねりで振り返り「ありがとうございました!」と挨拶。受付のおじさんに入行バッジを返し、飛び出す。

    また階段をかけ下り、大手町地下街を走る。開業当時を思い出す。あの頃は常に走っていた。ハイヒールで階段を駆け降り、駆け上り、駅構内を走っていた。いつからか、走ることがあまり無くなって「いったい今自分はどの位走れるのだろうか。」と思い、始めたのがジムでのランニングだった。半年くらいやってきたけど、それが生きてる。良かった鍛えておいて。

     大手町駅に着いて事務所に電話。戻る時間が無いのでスタッフに表参道駅まで来てもらう。表参道駅でスタッフにバトンタッチ。書類の未記入部分を確認して指示を出し、持たせて送り出す。その時、4時。申請には間に合う。

    司法書士の仕事は常に「判断」の連続です。この書類で出来る。出来ない。この文言でいける。いけない。この要件で正しい。正しくない。この人を信用して良いか。良くないか。その時間に間に合うか。間に合わないか。判断をするには判断をするだけの知識や知恵がもちろん必要だけど、その知識や知恵を有効に使うには集中力が必要です。そしてどんな状態ででも、集中するには何がなくとも体力が必要です。

    今回の事でますます気を良くした私は土曜日、日曜日とみっちりと走りこみました。土曜日に走ると日曜日に走るのには少しきつかったりしたものなのに、
    「いやー。今日は体が軽いー。できてきたカナー。からだ。」と思っていたら月曜日は事務所内の移動も辛い筋肉痛です。階段も手すりを伝ってズルズルと。集中力も鈍りがち。やっぱり、結局は体力だ?!

  • 2002.12.27

    表参道通信その44 クリスマス忘年会と年末のご挨拶

    表参道通信

    今年の忘年会は「戦うカラオケ!」

     平成14年12月17日夜7時より恒例の合同忘年会を開きました。場所は東京都港区赤坂の赤坂陽光ホテル(http://www.yokohotel.co.jp/)1階バンケットルームです。

    今年の参加者は
    司法書士山口事務所 山口さん 浦崎さん 大塚さん 高橋さん 柴崎さん
    公認会計士 金子さん
    税理士 家後さん 
    税理士 田中さん
    粕谷公認会計士事務所 吉岡さん
    税理士法人林&小川パートナーズ白井さん
    中央三井信託銀行 長田さん
    イノックス社長 猪口さん
    テラコーポレーション 金成さん 小嶋さん
    みゆき司法書士事務所 浅野 畑 潟永

    の総勢17名でした。

    まずは毎年恒例の参加者中の長老による「開会と乾杯の挨拶」です。長老と準長老の間で少々のせめぎあいや譲り合い?がありましたが、イノックスの社長猪口さんから元気に乾杯のあいさつ。全員でこぶしを上げてシュプレヒコール! 

    次は自己紹介。今年の自己紹介にはお題がありました。

    1. 一番大好きな食べ物とその理由又はどのくらい好きか
    2. 今年、流行語大賞に輝いた「多摩川のたまちゃん」に続く来年はやりそうな物を大予測
    1. では、七輪で色々焼くのがマイブーム。とか、なにがなんでも日本酒。「ホリッピー」さえあれば後は要らない。とか、そこはやっぱり「トロ」でしょう。とか、なんたってニンジンが好き。とか、鯨だ、やっぱり。とかで人それぞれで思わず「へぇー。」と声が漏れます。
    2. では、ボブサップとか来年はあのかわいいイルハンちゃんだとか、来年こそは家庭菜園だとか。

    次は今夜のメインイベント「戦うカラオケ!」
    カッパや孫悟空などの審査員が点数をつけてくれるカラオケを使い、自慢の歌を競います。審査員によって点数が甘かったり辛かったりします。誰が聞いてもうまいと思う人が良い点数が付くか、というとそうでもありません。歌う人以外はその審査員がその歌に何点をつけるか予想します。税理士の家後さんが4回も当てて、今年の運を使い果たしました?

     歌の優勝者はみきちゃんファンのテラコーポレーションの金成さん。歌はキャンディーズの「小さな悪魔」でした。賞品はキングオブカラオケの帽子とカンバッチ製造機でした。 

    「来年こそは!」と皆様思ったことでしょう。でも残念でした。この忘年会で2回も続けて同じ企画をしたことはないんです。来年はまた違う企画で憂さを晴らしましょう。

    次に恒例の「一攫千金コインゲーム」 これで一気に巻き返し!!
    全員でコインを握り締めて「最初はぐー!」本気の500円玉コースはいつもながら盛り上がります。今年のラッキーガールは山口事務所の大塚さんでした。

    最後は毎年恒例の参加者中の準長老による閉会の挨拶。公認会計士の金子さんの三三七拍子にクラッカーを添えて〆ました。

    全員が首から下げてネームプレートにもした「歌い出したら止まらないサンタ」は参加賞として全員お持ち帰りとなりました。帰りの電車の中でサンタが
    歌いださないことを願うばかりです。


    年末のご挨拶

     毎年恒例の忘年会はつい張り切りすぎます。事務所の畑も潟永も突拍子もない企画を思いつく私に、もういいかげん驚かなくなって、黙々と裏方をこなしてくれます。

    今年も暮れようとしています。来年は事務所開業15周年を迎えます。15年も司法書士をやったら何も新しい事は起こらないのではないか、と実は思っていました。とんでもない。毎日、毎日、新しい事が起こります。新しい事を勉強します。それがまた次の仕事に役立ちます。

    世の中、景気が悪く元気が無く、すっかり停滞している・・・ようですが、不景気を嘆いてばかりの人はいません。動いています。勤めていた会社を飛び出して新しく会社を起こす人、競売で人手に渡りそうになった土地の権利関係を整理して自力で買い受ける会社。住宅ローンを抱えている人は条件の良い先に借り替えたり、一気に返済してしまったりします。地価が安くなって、一切の借り入れもせず現金で不動産を購入する会社。借りていた事務所が差押を受けても毎月家賃供託をして、結局同じ条件で入居している会社。
    したたかに、元気に、知恵をしぼって戦っています。その戦いを微力ながら応援させていただきます。

    来年もよろしくお願い致します。

  • 2002.07.01

    表参道通信その43 ワールドカップと君が代

    表参道通信

     私は「にわかサッカーファン」です。今までサッカーをテレビで見たのは確か前回のワールドカップのフランス大会での日本の試合くらい。名前を知っていた選手は「ごん中山」と「中田」いい男の「川口」。それとトゥルシエ監督くらい。今回のワールドカップが始まるまでテレビでサッカーの試合を見ることはありませんでした。

    国立競技場や渋谷が近いこの辺でもそれほどワールドカップで盛り上がっているという雰囲気も無かったのに。思えば『何時来るの?ほんとに来るの中津江村に。カメルーン!騒動』から今までに経験したことの無い何かが始まる期待が徐々に高まっていったような気がします。

    考えられます?4年に1度のワールドカップに遅れてくる。それも選手のボーナス交渉で遅れて、挙句の果てに途中通過する国の航空許可を取っていなくて益々到着が遅れる。あんなに遅れて待たせて、中津江村の村長さんはげっそりやつれているのに、とりあえずは日本に到着して「OK!」。それでもOKなんだー。へー!と思いました。あの騒動は私のようなサッカー素人のサッカーワールドへの導入としては最高でした。

    「何かが違う。今まで経験したことの無いもの。日本に無かったものが来る!」という不安と期待が徐々に高まってきた時にテレビからの怒涛のサッカー情報放出です。はまりました。一気に。どこのテレビでもサッカー、サッカー。ワイドショーでもサッカー。事務所で聞いているJ-WAVEでもサッカー。そのうち、サッカーじゃなくては見たくない、聞きたくないという状態に陥るから不思議です。目が耳が自然にサッカーを求めてしまう。

    現実にワールドカップが始まって、平日にはテレビで夜の1試合とその後昼間に行われた試合のダイジェスト版を見、休日には昼と夜の2試合を見るという生活。オフサイドの何たるかも知らずに見ている初心者でも段々サッカーが分かってくるものです。そのうち「そうじゃないだろー!」と、テレビに向かって選手のミスをなじるまでになってしまう。サッカーってシュートが決まらないと点数が入らないけれど、シュートを決めた選手の裏にはその選手に良いパスを出す選手がいるんですね。シュートを決める決定力をもつ選手とそれに協力する他の選手。協調性と個性の融合。

    個性的なイケメン選手が多いのも魅力。イタリアの試合の時は選手の顔ばかり見ていました。トッティ様のゴールを見据えたきりりとした顔の美しかったこと!ギリシャ神話の彫刻みたいじゃないですか。ワイドショーの影響をもろに受ける元来ミーハーな私としては、トッティ「様」ベッカム「様」に対して稲本、中田です。

    サッカー自体も面白かったけれど、たくさんのサポーターが日の丸を顔にペイントし、日本国旗を打ち振り、「にっぽん!」と叫ぶのも一体感があって良かったですね。もちろんキックオフ前には「君が代」の大合唱。心配になったのは若いサポーター達は「君が代」がちゃんと歌えたかということ。最近の学校は何かの式の時に「君が代」を歌うこと自体が問題になっていると聞きます。昔から引きずってきたものがあるようなのですが、それはそれとして今、外国に対抗して日本としてひとつにまとまるのは、やはり日の丸のもとであり、歌はやっぱり君が代なのですね。

    外国の選手などは胸に手を当てて国家を歌っていました。何か作法があるのでしょうか。冬期オリンピックの国家斉唱の時に帽子をかぶったままで問題になった日本の選手がいましたが、もし、ちゃんとした作法というものがあるのなら、若い人たちに教えて行くのが先輩日本人の義務では無いかと思います。海外に出て行くことや日本人以外の人たちとの交流が増えていくこれからは益々国旗の扱い方や国歌の歌い方の作法が大事になってくるのではないでしょうか。

    日本が負けた次の瞬間から「4年後は・・・。」とあっさり言い始める選手やサッカー評論家には少しがっかりしました。昨日のブラジルとドイツの決勝戦も終わりワールドカップが去って7月になりました。サッカー評論家は次回のワールドカップに向けてJリーグから応援しようと盛んに言うけれど、熱から覚めた「にわかサッカーファン」は少なくとも野球には戻らないし、でも「Jリーグ」を見始めるかというとそうでもない。結局、お祭り騒ぎが好きなだけかもしれないけれど、サッカーの見方はすこーし分りました。

  • 2001.12.06

    表参道通信その42 大阪旅行

    表参道通信

     久々の「事務所合同旅行」は、山口司法書士事務所の山口さんと北新宿行政事務所の朴さんとみゆき司法書士事務所の私とで新宿のイタリアンレストランで食事をしている時のほんの思いつきで始まりました。

    最初は韓国に行って、『垢すり、焼肉三昧プラン』で盛り上がっていたのですが、朴さんの子供がまだ小さいので2泊は無理との事から、じゃ大阪! USJユニバーサルスタジオジャパン。御堂筋で「雨の御堂筋」を歌う。「こーぬかー♪雨降るー♪みぃーどーおぉーすーじー♪ ゥじゃんじゃん」と、欧陽菲菲の歌まで頭の中でリフレイン。「せっかくだから事務所のみんなで行っちゃおうかー。」と、話はどんどん大きくなり、日程は11月の3連休。1泊2日で最終日は休養。幹事は山口事務所。と、決定。「どこに行きたい?」といわれても、大阪未体験の私は通天閣しか知らず「通天閣。」と希望を述べて、あとは幹事の山口事務所に全面的にお任せしているうちに、あっと言う間に11月が来て、大阪旅行となりました。

     誰とは言わないが、雨女が3人もいるのに当日は最高の行楽日和。新幹線から綺麗な富士山を眺めて、そのあとは翌日のUSJの作戦会議。ものすごい人手が予想されるので、開園8時の1時間前には並ぶと主張する私に、「えー、そんなに早く行かないとだめですかー。」とぶちぶち言いつつ、誰も表立って反論は出来ない。まっ、ボスの威厳。
    ワイワイ言っているうちに、新幹線は新大阪に着き、そのまま梅田のホテルへ。新大阪の駅も梅田の地下街も、ものすごい人、人、人。大都会東京から来て、「人酔いしそう。」東京で揉まれている筈がすっかり弱気。

     ホテルにチェックインした後、早速昼食を食べに梅田スカイビルのお好み焼き屋「きじ」へ。有名店らしく既に入り口には10人位の行列が出来ている。お店の戸が開いた隙に中を覗いてみると、小さなお店。カウンターとテーブルが4つ。おいしそうなソースの匂いに包まれながら待つこと1時間。やっと、5人と4人に分かれてテーブルに座ることが出来ました。お店の人のお奨めで、色々な種類のお好み焼きと焼きうどんを焼いてもらって、みんなで分けることに。鉄板に乗せられた何枚ものお好み焼きを自分の前に来たのにそれぞれ取り掛かり、へらで人数分に分けます。ガッガッガッと一心不乱に声も無く切り、それぞれの皿に分けていきます。誰が指揮したのでもなく、実に統制が取れた合理的な行動。いきわたったところで、一切れずつになったいろいろな種類のお好み焼きに箸で喰らいつきます。「お、お、おいしー!」じゃがいもの乗ったの。餅が入ったの。どれもおいしい。ビールも進む。
    一息ついたところで第2弾のお好み焼き。それも次々と人数分に切り分け、皿に分け、食べる。「まいうー。」1時間も待ったのに、あっという間に食べてしまって、追加の焼きそばも頼み、それも食べて終了。

     次はそのお店に入っているビルの空中庭園展望台に登りました。そのビルは2本になっていて、その間に、1階から35階まであるシースルーエレベーターが1本あります。それに乗り、その後は2本のビルの間を斜めに渡るシースルーエスカレーターで39階まで上がり、その後エスカレーターで屋上へ。2本のビルを渡るシースルーエスカレーターは考えてみればエスカレーターの下は何も無く、足元もシースルーにしてくれたら良かったのにとも思いましたが、高い所が苦手な人には耐えられないらしい。
    屋上空中庭園展望台からは暮れ行く夕陽に映える大阪が眺められました。淀川がアクセントになってすばらしい光景でした。

     

     大阪城は環状線の電車の中から眺め、次は希望がかなって「通天閣」です。新世界の看板の向こうに「通天閣」はそのネオンがくっきりと闇夜に浮き上がっていました。通天閣までの途中のお店は、入ってみたかった串焼きの立ち食いのお店。でも、お昼のお好み焼きが未消化で諦めました。通天閣に登るエレベーターも行列。大阪はいつに無く大阪以外から来た観光客で溢れかえっているようです。楽しみにしていた大阪弁がちっとも聞けません。

    おばちゃんにこてこての大阪弁で捲くし立てられながら、背中をバンバン叩かれる、そんな光景を思い描いていました。派手目なファッションのおねえさんたちが、ぞろぞろ歩いているものと思っていました。なんとなんと初めて行った大阪はいたって普通。電車から眺める風景は普通の都会の風景。それでも新世界あたりはレトロで派手な看板があって浅草のような雰囲気。

     通天閣の展望台に登るのは諦めて、次は、「道頓堀」です。お目当ては「ナンパ橋」と「グリコの看板」グリコの看板があんなに電飾だとは思いませんでした。ものすごい人手に迷子になる者も出て、早速携帯で連絡を取り合って「かに道楽」の蟹の看板前で待ち合わせです。食い倒れのお人形の前で写真を撮るのは観光客のお約束のようで、人形前の場所取りにも一苦労です。結局、あの人形は何なのか良く分かりません。あんなに一杯いた写真を撮った観光客があのお店に入っていくわけでもなさそうだし・・。

    次は東京から予約していった鯨料理のお店。「徳屋」。くじら関連グッズがあれば9パーセント引いてくれるとかで、額や頬に鯨のシールを張って入店です。
    食べたのは「はりはり鍋」。鯨とミズナの鍋です。初めて食べたミズナは、しゃきしゃきしておいしい。うちの事務所に以前補助者でいて、司法書士試験に合格して今は大阪で開業している東田さんと、その友人で上京の折には原宿で一緒に飲んだことのある司法書士の松田さんも来てくれました。俗称、山口事務所の大阪支部長も入って総勢12名。鍋が3つ並び、それぞれ構成メンバーによって違う様相を示します。飲むのが主体で、なかなか減らない鍋、具を入れた瞬間に無くる鍋、お餅が溶けてどろどろの鍋。

     次は「ベティのマヨネーズ」。綺麗なオネエサマ達のお店です。私たちのテーブルに付いてくれたのは黒くて真っ直ぐなロングヘアーの色白の女の子?真っ白な細い腕で水割りやウーロン茶を注いでくれます。さすがにちょっと声が低いけど、たよやかな美人。写真撮影にも気楽に付き合ってくれます。ここも超満員で、さすが大阪、椅子を入れて通路にまでお客を入れてしまいます。熱気むんむんでショーに突入。綺麗なおっぱいと綺麗なお尻を惜しげも無く披露して、でもちょっと表情が固いのがご愛嬌。その分、ベティママが大ハッスルです。ひとり太鼓腹のあんこちゃんのショーが最高!最後にずるっと剥いたかつらの下がつるつるだったのに唖然。

    終電間際まで楽しんで、翌朝は6時45分にホテル1階のレストランに集合し、朝食後USJへ。8時の開園直後くらいには入場。

     最初に、ねらっていた「ジュラシック・パーク・ザ・ライト」へ。みんな眠そうなぼんやりした顔で、買った合羽を着込み行列に並びます。待つこと40分くらい。ボートに乗り込み、いざジュラシックパーク、恐竜の天国へ。恐竜に追い立てられて25.9mの高さからまっ逆さまに飛び込みます。合羽のフードが後ろに飛んで水浸し。

     次に入った「ウォーターワールド」でも水浸し。「バックドラフト」では大火災にあい、「スヌーピーカフェ」では黄色いスクールバスの形をしたランチボックスを全員で買ってランチ。このランチボックスは良いお土産になりました。「アニマルアクターズステージ」や「ユニバーサル・モンスター・ライブ・ロックンロール・ショー」など、比較的空いているショーを織り交ぜながら最後は「ターミネーター2:3D」へ。ここは並んでいる途中何度もめげそうになるくらいの混みよう。でも、入り口の近くになるに連れてアトラクションへのさりげない導入が始まり、ターミネーターが大好きな私は気持ちが盛り上がっていきます。綾小路麗香嬢の案内でサイバー社を社内見学です。3Dのシュワルツネッガーと実物のシュワルツネッガー似の役者と入り混じり、急激冷却されたロボットが破壊されるシーンでは実際に水しぶきが飛び、爆発シーンでは座っている椅子が落ち、すごい迫力です。ターミネーター1も2も真剣に見ていた私としては、ターミネーター3のようで、たまらないアトラクションでした。何時間も並んだかいがありました。

     会場を出るともう日が落ちて、真っ暗になったUSJはクリスマスイルミネーション。解散してそれぞれお土産を買いに走ります。私は楽しみにしていたスヌーピーショップに行ったのですが、入場制限をしていて断念。ショップの外で私のMの字と主人のTの字をかたどったスヌーピーのキーホルダーをなんとかゲットしました。

    大阪駅で地元大阪のメンバーと別れ、新大阪へ。お弁当とビールとたこ焼きを買い新幹線に乗り込み、食べて飲んで寝てしまいました。

    1泊2日とは思えない密度のこーい旅行でした。楽しかった!