• 2000.06.06

    表参道通信その34 夫婦と不動産

    表参道通信

     夫婦は家族の最小単位であり、社会的にも経済的にも一つの単位として機能しているところがあります。私の国民健康保険料は紛れもなく私が私の収入から支払っているにも関わらず、領収のお知らせや滞納した場合の督促状はすべて世帯主の夫名義できます。私が支払っているにも関わらず、また、支払いを忘れたりするにも関わらず、まるでこの世に浅野みゆきが存在しないような取り扱いです。役所に一度文句を言ったことがありましたが、「そういう取り扱い。」で終わりました。

     戸籍も夫婦単位。結婚すると新婚夫婦単位で戸籍が新たに作られます。だからといって法人格も夫婦単位かというとそういうことは決してありません。依頼人の方が不動産を夫婦共有で購入するような場合、所有権移転の委任状に署名捺印をお願いしますが、夫がまず住所、氏名を書きその隣に妻が添え書きのように自分の氏名だけを書く方がたまにいらっしゃいます。が、これでは委任状として使えません。登記手続き上、個人は住所、氏名で特定されます。同姓同名の場合は生年月日まで書いて特定します。「どこどこに住むだれだれ」が大事であって、妻も夫も関係ありません。同じ住所であっても、夫の住所を書き氏名を書き、そしてその隣に新たに妻の住所を書き氏名を書いてもらいます。もちろん、妻の住所氏名を先に書いても一向に構いません。

     夫婦共有の不動産を売却する場合、夫や妻が1人で事務所にいらして、いらしていない夫や妻の権利証や印鑑や印鑑証明書を持ってきて手続きの依頼をされることがあります。この場合、司法書士としてはその場にいらっしゃらない夫や妻に連絡を取り、確実にその売却の意思の確認を取る必要があります。夫婦であってもその共有名義の不動産を一方の同意無しには処分できないことは当然です。また、不動産の売却に付いて同意があるにしても、やむをえず夫や妻が事務所に来られないので1人でいらしたというような場合でも確認を取ります。夫や妻は一方の権利証や印鑑証明書や実印を勝手に持ち出せる立場にあり、それらを持ってきているからといってそれだけでは一方の配偶者の同意があるのかわからないからです。

     また、夫名義の不動産を売却する手続きに妻が代理でいらした場合や、その逆で妻名義の不動産の売却を夫が代理する場合も同じです。登記の名義人である夫や妻に必ず確認を取ります。

     たまに、「私は妻なんですよ。」とか「私は夫なんですよ。疑うんですか?」とおっしゃって怒り出す方がいらっしゃいます。そういう場合は「今、ここにいらっしゃらない登記の名義人の権利の保護のためなんですよ。逆の場合を考えてみてください。勝手に、自分名義の不動産を権利証や印鑑や印鑑証明書を持ち出されて処分されたら困りませんか?」と聞いてみます。それで納得する方もいらっしゃいますが、そうでない方もたまにいて、そういう方は夫婦がよほど信頼されているのか、そうでなければ夫婦単位でしか物事を考えられなくなっているのでしょう。法律上は自分の名義の不動産は自由に処分ができますが、自分以外の名義の不動産はその名義人でなければ処分できないということです。それは夫婦であっても同じです。

     ですから、夫名義の不動産はそれが夫婦で住んでいる自宅であっても妻の同意無しに売却できるし、抵当に入れることも可能ということです。以前、某カード会社の依頼でカードでの借り入れが滞っている債務者の自宅を担保に取る手続きをしようとしたことがありました。その自宅は夫婦共有名義で、夫である債務者の同意はもちろん得られたのですが、妻の同意が得られず登記申請を断念したことがあります。妻にとっては、持分を持っていたから知らないうちに自宅を抵当に取られるのを阻止できましたし、夫にとっては妻にも持分があったばかりに勝手に自宅を抵当に入れるということが出来なかったということになりました。「奥さんの同意が必要です。」と申し上げた時の債務者である夫の困惑しきった顔が今も思い出されます。自宅を担保に入れるのに妻の同意がいるなど到底思ってもいなかったのか、妻に内緒で事を運ぼうという腹積もりだったのでしょう。

     幸せいっぱいの結婚間近の婚約者同志が共有で不動産を購入する場合は、見ていて微笑ましい反面、おせっかいながら心配にもなります。なぜなら一方で離婚による財産分与の依頼も多いからです。ただでさえ、離婚というエネルギーが非常にかかる人生の清算の場で、不動産という大きな財産はその清算処理だけで新たな問題が生じることになります。

     以前のように不動産の価格が右肩上がりに上昇していた時代は、万が一離婚ということになっても、その不動産を売却すれば購入価格よりも値上がりしているので、売却代金で購入時に付けたローンも返済し、そのうえ、残った現金を分けるという事が出来ました。それが今では購入時より売却時の価格が安くなっているのが普通です。そうすると、売却してもローンだけが残ることになります。それを誰が引き受けるのか、問題になります。また、若い二人の場合はそれぞれの実家から頭金を出してもらっていたりします。お金を出せば口を出すのは当然で、そうすると両家の面子、しがらみ、プライドが絡んでますます話はこじれます。

     結婚後四年以内の離婚が結構多いということも聞きます。幸せそうなカップルを目の前にして「しばらく賃貸住宅にでも住んで、二人の生活習慣や好みが充分分かってから、それに合う不動産を買った方が良いのでは。」と、思ったりします。