表参道通信その45 結局は体力だ!

表参道通信

 地下鉄千代田線大手町駅で降り、あの大手町地下通路を端から端まで全力疾走した。いやいやまだまだ走れる。大丈夫。大丈夫。重い書類バックを片手に5センチヒールで走っても息切れもしない。自分が思わずいとおしくなる。大手町ビジネスマンをすいすいとかわす。去年の秋ぐらいから週1回位でもスポーツジムで時速10キロで30分走ってきた成果が・・・これか!?と実感する。

その日はいわゆる「借り替え」の実行日。「借り替え」とは今までA銀行からローンの借り入れをしてA銀行の抵当権の設定をされている債務者がもっと条件の良いB銀行からのローンに借り替える事です。

お金の流れで追うと、例えば債務者のA銀行に対する返済残金がまだ1,000万円残っていた場合、B銀行は債務者に1,000万円の融資を実行します。その融資されたお金はB銀行の口座から直ちにA銀行の債務者の口座に送金されます。

A銀行としては債務者の返済残金に足りる金額が口座に入っていないと、抹消する書類を出しません。完済にならないからです。一方、B銀行としては万一融資を実行してもA銀行の抵当権が抹消されないと後順位の抵当権になってしまうので、抹消書類が実際に出されないと融資の実行をしたくないところです。

 にらみ合いのこの膠着状態を打破するのが司法書士です。あらかじめA銀行に行って抹消書類が不備なく揃っているかを確認し、それをB銀行に伝えたり、あらかじめA銀行から抹消書類一式を事務所にFAXをしてもらってそれで確認をしてB銀行に「抹消書類は揃っていますので融資を実行しても大丈夫です。」と伝えます。B銀行は司法書士が書類を確認したことでそれを信頼し、融資を実行します。

司法書士としては、まず新規の抵当権の設定書類をB銀行から預かります。その際に、権利証の確認や印鑑証明書の期限や所有者の住所に変更がないか、私道部分など他に担保に取るべき所の書類もあるか等、間違いなく新規の抵当権が有効に設定できる書類が揃っているか確認をします。次に、A銀行に行って、既についている抵当権を抹消する書類を預かります。

登記手続的にはたいてい1番でついているA銀行の抵当権を抹消し、新たにB銀行の抵当権を設定します。この2件の登記は融資の実行のあったその日に同時に申請するのが原則です。A銀行の1番抵当権は抹消され、B銀行は順位1番の抵当権になります。

その日の「借り替え」は、A銀行の抹消書類は前日事務所にFAXをしてもらって、確認をしていました。朝9時半に渋谷のB銀行に行ってB銀行の抵当権設定に不足していた書類を預かり、B銀行に融資の実行をしてもらい、A銀行の債務者の口座に送金した金額が着金した頃を見計らってA銀行に抹消書類を預かりに行き、それから管轄登記所に登記の申請に行くという、『楽勝コース』のはずでした。

9時半に渋谷のB銀行で書類を預かった後、一度表参道の事務所に戻り、スタッフの作成した他の案件の書類のチェック等をして時間を少し潰しました。A銀行ではB銀行の振込みの控えでは抹消書類を出してくれず、A銀行の債務者の口座に着金をして完済の手続を終えた後でなければ抹消書類を出してくれません。コンピューター処理をしているはずですが、着金まで1時間や月末などは3時間位かかることもあります。

そのくらいの時間を見越して、千代田線の表参道駅からA銀行のある大手町駅へ。途中、携帯が鳴り大手町駅に着いてから事務所に電話をしてみると、何か問題があって送金をしていない、とB銀行から電話があったということ。大手町駅のフェンスにもたれてしばらく考える。「事務所に戻った方が良いのか、A銀行に行って着金を待てば良いのか・・・・。」

すぐ解決する問題であれば、もうこの時間には送金のめどはどの位かの連絡があるはずで、これは時間がかかるかもしれないと思い、B銀行の担当者に電話をしてみる。何度電話をしても、担当者は電話中ということで、なんだか大変なことになっていそうなので、事務所に戻ることにした。「A銀行」の表示も地下鉄の出口案内にあり、ここにまた来れば良いなと確認もしておく。

事務所に戻って、電話を受けたり調べ物をしたりしているうちに1時になり、2時になり、2時半にはB銀行の担当者から「何時までに書類が手に入れば今日中の申請に間に合いますか。」との電話があり「大手町で3時半がリミットです。」と答える。万が一の場合を考えているという事は相当やばそう。

3時にB銀行担当者からA銀行に送金した旨の連絡がある。でも、A銀行に着金しなければA銀行で待たされることになる。書類の最終確認をしてスタッフに渡し、3時15分に事務所を飛び出す。表参道駅まで走る。駅構内も走る。表参道駅から大手町駅までは地下鉄千代田線で15分。往復して4時には事務所を出られるはず。大手町駅に着いて、朝確認した通路を曲がる。

「ここ、ここA銀行。」もうそこはA銀行と思っていたら、そこには・・・・大手町の広い地下通路が広がっていた。「えっ!ま、まずい」走る。とにかく走る。途中、柱の地下通路案内図をきっちりチェック。ここで勘違いをすると取り返しがつかなくなるのは経験上の知恵。あとは一目散に走る。ヒールの音が地下通路に響く。地下商店街はランチタイムも過ぎて、人があまりいなくて走りやすい。端から端まで走る。A銀行につながる階段を見つけ駆け上がる。3時を過ぎているので銀行の店舗は閉まっている。駐車場の警備の人に走りながら裏口を聞く。「行員さん?」と聞くので「そうです!」と大声で答える。こういう場合は下手に正直に説明したり、もそもそ言い始めると時間を取られるというのも経験上の知恵。『気持ちよく大声。』が鉄則。走る。ハーハー言いながら裏口受付に行く。受付の人は電話中。受付帳があったので勝手に書き込む。まだ電話が終わらない。「す、すいません、あの、急いでるんですが・・・」と電話の邪魔にならないように聞いてみる。受付の人はやっと私に気がついて電話をしながら受付帳を指で示し「書け。」という仕種をする。「もう書きました!」と見せたら入行バッジを渡してくれた。裏口からインターフォンを押し「司法書士の浅野です!」というと「はいどうぞ。」と中から鍵を開けてくれる。

会議室やら守衛室などの前を通り、扉の外に出てみたら運良くローン課のカウンターの前だった。担当者の名前を告げ、出てきた担当者に目が合った途端、
「着金してますか?」と聞く。「大丈夫、全部済んでます。」その声にねぎらいの気持ちがこもっていて嬉しくなる。でも、コートを脱いでいる暇もない。それでも書類のチェックは落ち着いてじっくりと。『急いでる時ほど慎重に。』が鉄則その2。椅子に座ってきっちりとチェックする。集中力。

書類の預かり印を押すともう走る体制。「出口分りますか?」「あ、はい。でも走ってきたから・・。来た所を戻れば良いんですよね。」と言いながら走り始めている私の後をA銀行担当者も走ってついてきて、出口を案内し鍵を開けてくれる。私は出口を飛び出し、3分の1ひねりで振り返り「ありがとうございました!」と挨拶。受付のおじさんに入行バッジを返し、飛び出す。

また階段をかけ下り、大手町地下街を走る。開業当時を思い出す。あの頃は常に走っていた。ハイヒールで階段を駆け降り、駆け上り、駅構内を走っていた。いつからか、走ることがあまり無くなって「いったい今自分はどの位走れるのだろうか。」と思い、始めたのがジムでのランニングだった。半年くらいやってきたけど、それが生きてる。良かった鍛えておいて。

 大手町駅に着いて事務所に電話。戻る時間が無いのでスタッフに表参道駅まで来てもらう。表参道駅でスタッフにバトンタッチ。書類の未記入部分を確認して指示を出し、持たせて送り出す。その時、4時。申請には間に合う。

司法書士の仕事は常に「判断」の連続です。この書類で出来る。出来ない。この文言でいける。いけない。この要件で正しい。正しくない。この人を信用して良いか。良くないか。その時間に間に合うか。間に合わないか。判断をするには判断をするだけの知識や知恵がもちろん必要だけど、その知識や知恵を有効に使うには集中力が必要です。そしてどんな状態ででも、集中するには何がなくとも体力が必要です。

今回の事でますます気を良くした私は土曜日、日曜日とみっちりと走りこみました。土曜日に走ると日曜日に走るのには少しきつかったりしたものなのに、
「いやー。今日は体が軽いー。できてきたカナー。からだ。」と思っていたら月曜日は事務所内の移動も辛い筋肉痛です。階段も手すりを伝ってズルズルと。集中力も鈍りがち。やっぱり、結局は体力だ?!