表参道通信その43 ワールドカップと君が代

表参道通信

 私は「にわかサッカーファン」です。今までサッカーをテレビで見たのは確か前回のワールドカップのフランス大会での日本の試合くらい。名前を知っていた選手は「ごん中山」と「中田」いい男の「川口」。それとトゥルシエ監督くらい。今回のワールドカップが始まるまでテレビでサッカーの試合を見ることはありませんでした。

国立競技場や渋谷が近いこの辺でもそれほどワールドカップで盛り上がっているという雰囲気も無かったのに。思えば『何時来るの?ほんとに来るの中津江村に。カメルーン!騒動』から今までに経験したことの無い何かが始まる期待が徐々に高まっていったような気がします。

考えられます?4年に1度のワールドカップに遅れてくる。それも選手のボーナス交渉で遅れて、挙句の果てに途中通過する国の航空許可を取っていなくて益々到着が遅れる。あんなに遅れて待たせて、中津江村の村長さんはげっそりやつれているのに、とりあえずは日本に到着して「OK!」。それでもOKなんだー。へー!と思いました。あの騒動は私のようなサッカー素人のサッカーワールドへの導入としては最高でした。

「何かが違う。今まで経験したことの無いもの。日本に無かったものが来る!」という不安と期待が徐々に高まってきた時にテレビからの怒涛のサッカー情報放出です。はまりました。一気に。どこのテレビでもサッカー、サッカー。ワイドショーでもサッカー。事務所で聞いているJ-WAVEでもサッカー。そのうち、サッカーじゃなくては見たくない、聞きたくないという状態に陥るから不思議です。目が耳が自然にサッカーを求めてしまう。

現実にワールドカップが始まって、平日にはテレビで夜の1試合とその後昼間に行われた試合のダイジェスト版を見、休日には昼と夜の2試合を見るという生活。オフサイドの何たるかも知らずに見ている初心者でも段々サッカーが分かってくるものです。そのうち「そうじゃないだろー!」と、テレビに向かって選手のミスをなじるまでになってしまう。サッカーってシュートが決まらないと点数が入らないけれど、シュートを決めた選手の裏にはその選手に良いパスを出す選手がいるんですね。シュートを決める決定力をもつ選手とそれに協力する他の選手。協調性と個性の融合。

個性的なイケメン選手が多いのも魅力。イタリアの試合の時は選手の顔ばかり見ていました。トッティ様のゴールを見据えたきりりとした顔の美しかったこと!ギリシャ神話の彫刻みたいじゃないですか。ワイドショーの影響をもろに受ける元来ミーハーな私としては、トッティ「様」ベッカム「様」に対して稲本、中田です。

サッカー自体も面白かったけれど、たくさんのサポーターが日の丸を顔にペイントし、日本国旗を打ち振り、「にっぽん!」と叫ぶのも一体感があって良かったですね。もちろんキックオフ前には「君が代」の大合唱。心配になったのは若いサポーター達は「君が代」がちゃんと歌えたかということ。最近の学校は何かの式の時に「君が代」を歌うこと自体が問題になっていると聞きます。昔から引きずってきたものがあるようなのですが、それはそれとして今、外国に対抗して日本としてひとつにまとまるのは、やはり日の丸のもとであり、歌はやっぱり君が代なのですね。

外国の選手などは胸に手を当てて国家を歌っていました。何か作法があるのでしょうか。冬期オリンピックの国家斉唱の時に帽子をかぶったままで問題になった日本の選手がいましたが、もし、ちゃんとした作法というものがあるのなら、若い人たちに教えて行くのが先輩日本人の義務では無いかと思います。海外に出て行くことや日本人以外の人たちとの交流が増えていくこれからは益々国旗の扱い方や国歌の歌い方の作法が大事になってくるのではないでしょうか。

日本が負けた次の瞬間から「4年後は・・・。」とあっさり言い始める選手やサッカー評論家には少しがっかりしました。昨日のブラジルとドイツの決勝戦も終わりワールドカップが去って7月になりました。サッカー評論家は次回のワールドカップに向けてJリーグから応援しようと盛んに言うけれど、熱から覚めた「にわかサッカーファン」は少なくとも野球には戻らないし、でも「Jリーグ」を見始めるかというとそうでもない。結局、お祭り騒ぎが好きなだけかもしれないけれど、サッカーの見方はすこーし分りました。