表参道通信その21 どうして私に道を聞くの? 続編

表参道通信

 その日は、黄色とグリーンに紺の線の入ったチェックで裾がダブルのパンツをはき、底に鋲を付けたらそのままゴルフシューズになりそうな紐付きのリーガルの靴を履き、その中はもちろんアーガイル模様のソックスで、ギンガムチェックのシャツに紺のトレーナーで英国学生風にキメタうえに、その色が気に入って買ったグリーンの皮のディパックを背負っていました。気持はもう、イギリスのケンブリッジのあの石畳の学生街を歩いていたいところでしたが、渋谷の道玄坂にある東急百貨店本店で、母の誕生日のプレゼントを選んでいました。故郷に帰った時に、母の洋服ダンスの中にスーツが何点かあるのを見つけたので、そのスーツの胸ポケットを飾るポケットチーフにするつもりでした。

1階のハンカチ売り場は、12月のパーティーシーズンにはまだ間があり、ポケットチーフは一番下の棚に数点並んでいるだけでした。それでも、その中に縁取りが楽しいポケットチーフを見つけて、色違いで何点か贈る事にして、ディパックを背負ったまま棚の前にしっかりとしゃがみこんで箱に入れた時の色のコーディネートなんかを考えながら何枚かのポケットチーフを手に取ったり、並べかえたりしていました。

その時です。「あの鞄がいいわー。」と、とーくのほうから鞄の話をしながら近づいてくる声があります。隣が鞄売り場だから、鞄を買いたい人が歩いてきているのだと思ってポケットチーフ選びに専念していましたが、『妙に声が近いなー。』と、思った瞬間、目の前のポケットチーフの棚が視界から消え、右目の端から靴売り場、その向こうの化粧品売り場、その隣のアクセサリー売り場が流れていき、そして目の前には私より背の高いおばあちゃんが一人、私を見下ろしていました。その隣にはそのおばあちゃんの半分くらいの身長のおばあちゃんが今度は私を見上げています。右目の端には隣の鞄売り場まで見えます。私の右肩がその背の高いおばあちゃんにグワッシとつかまれ、しゃがんでいたのがその場に立たされ、振り返らされたのでした。

事態がまだ良く飲み込めていない私に、その背の高いおばあちゃんは上から「その鞄どこで買ったんですか?」と、聞いているようです。隣の背の低いおばあちゃんはにこにこして私を見あげ、答えを待っているようです。そうらしいと分かった途端に、私の頭は急速回転し、背中に背負ったグリーンのディパックを買ったお店の場所を説明しようと言葉を選び始めます。
『地下鉄表参道駅のA2の出口を出て、マクドナルドと伊藤病院の間を入り、角のロイヤルホストの向かえにある・・・・・えー、原宿から説明した方が分かるかな。でも、あの辺には鞄屋さん二つあるけど。えーと、お店の名前は。あれ?お店の名前。毎日のように通るけど、そういえばあのお店の名前、知らないなー。』等々、必死に考えている間に少し冷静になり、しゃがみこんでまで一生懸命に商品を見ていたのに、いきなりなんでこんな目にあっているんだという気にもなり、『えーい、スペシューム光線だ!』
「原宿の。」「ブティック。」と、きっぱり。
思ったとおり、二人のおばあちゃんは「原宿」の地名に恐れをなし、「ブティック」の言葉に恐れおののき、「あらそう。」と言って、また大声で何かしゃべりながらに去っていきました。ドップラー効果の様に次第に遠ざかっていく二人の声を右耳に聞きながら、私はポケットチーフを一枚握り締め、へとへとに疲れきって肩で息をしていました。